新エースとしての地位を確立しつつある宮田笙子 photo by Kishimoto Tsutomu

 4月11日から14日までの4日間、群馬県・高崎アリーナで行なわれた全日本体操個人総合選手権(全日本)。男女各5名のパリ五輪代表の座をかけた最初の国内選考会は、予選、決勝と男女各2日間の合計得点で争われ、女子は東京五輪後に成長を遂げてきた宮田笙子(しょうこ・19歳/順天堂大)が初優勝。2位には17歳の岸里奈(戸田市SC/クラーク記念国際高)、3位には中村遥香(なんば体操クラブ/相愛学園高)の高校生ふたりが続き、新時代の幕開けを印象付ける結果となった。

【宮田が力を見せ新エースの風格】

 宮田笙子(順大)は、予選、決勝ともに4種目合計を昨年の世界選手権4位相当の54点台後半をたたき出す演技で全日本初優勝を果たした。

 宮田は鯖江高(福井)3年生だった2022年の世界選手権で初の代表入りを果たし、本大会では個人総合8位、種目別平均台で銅メダルを獲得して日本女子を牽引する立場に台頭。 順大に進んだ昨年は新エースとしての地位確立を期待されたが、右かかとの疲労骨折で全日本は2位。NHK杯で優勝して世界選手権代表になったが、予選は日本人3番手で個人総合決勝には出場はできなかった。

 だが、その悔しさを晴らすべく、今シーズンに向けて万全の準備を進め、その成果をしっかり演技で証明してみせた。

 日本体操協会の田中光・女子強化本部長も太鼓判を押す。

「昨年は、代表合宿ではケガもあって思うような練習ができていない印象があったが、今年は冬場の合宿も、その後の練習も、きっちりできていた。演技、体の張り具合もすごくいい仕上がりになっていたので、今回は安心して見ていられました」

 ゆかから始めた初日の予選は「ドキッとするところもあったが、そこを無難に抑えられた」と、自信もにじみ出るような大きさのある演技を通し、54.966点を出し、2位に1.000点差の1位発進。

 迎えた決勝、宮田は昨年、一昨年と連続2位となった時のことを引き合いに出し、「(過去2年は)予選で失敗が出たので、逆に決勝は『思いきっていくぞ』という気持ちになれました。でも、今回は自信はあったものの、トップだったからこそ決勝が怖いというか、やっぱり失敗できない感覚になって、いつもより緊張していたと思います」

 そう話す宮田だが、最初の跳馬は高難度の「ユルチェンコ2回ひねり」を、余裕を持ってこなし、予選より高い14.333点を獲得すると、昨年よりDスコア(難度点)を0.2点上げた段違い平行棒も大きな演技で13.700点(2位)。平均台も序盤にバランスを崩しかけたが、その後はしっかりまとめて13.633点(4位)と予選より点を伸ばしていく。世界トップクラスの領域となるトータル55点台も射程圏内に入れて臨んだ最後のゆかは、わずかにミスが出て得点を伸ばせず54.832点となったが、予選と合わせた合計得点は109.798点で2位に2.335点差と力を見せつけた。

「昨年はケガもあって自分が納得いく演技ができなかったが、今年は納得のいく形で最低限の部分が出せたベターな演技での優勝だったので、うれしいです。今回は落ち着いてやることの大事さを十分確認できたし、練習を積めば積むほど自信がついていくことに気づくことができました。これからの1カ月の練習をすごく大事にして最終選考会のNHK杯では、見に来てくださる方々に『本当に見に来てよかったな。パリで頑張ってほしいな』と思ってもらえる演技をしたいですね」

 宮田にとっては、エースの自覚を見せる大会になった。

【岸は粘り強さを発揮し2位】


54点台の力を備えると言っていい岸里奈  photo by Kishimoto Tsutomu

 女子全体を見た場合、宮田に続いた高校生ふたりの出来も大きな収穫だった。

 まずは総合2位に入った高校2年生、17歳の岸里奈(戸田市SC/クラーク記念国際高)は予選4位から決勝は54.231点と盛り返して2位になった。岸は昨年の世界選手権個人総合では日本人トップの11位に入った選手で、さらなる成長の跡を見せた。

「優勝が目標だった」という今回、予選は前半の段違い平行棒と平均台でいい滑り出しをしたが、得意のゆかではH難度の最初のシリバスの着地で大きく跳ねてしまい、場外に出るミスをするなどで演技がまとまらず。最後の跳馬でも着地でラインオーバーの減点とミスが続いた。

「ゆかは練習では出ないアドレナリンが出たというか、調子がよすぎていつもと違う蹴りの高さになり、着地を先取りできなかったのが(ミスの)原因かなと思います。跳馬は少し力みすぎてしまい、ロイター板の後ろを蹴って突っ込みすぎてしまった。気持ちが少し前にいってしまったので、決勝はもっと落ち着いて臨みたいです」と悔しさを顕わにしていた。

 田中強化本部長によれば、岸は3月の高校選抜では優勝したものの、足首に痛みを感じていたため、大会直前まで出場を迷っていたという。その影響か、今大会の練習でも少し自信のなさそうな表情も見え、練習不足を不安視していたという。

 決勝も最初の跳馬はラインオーバーで0.1点減点となり、平均台でも予選より0.400点落とす苦しい展開に。しかし、最後のゆかではシリバスの着地で跳ねながらもなんとか耐えて全体2位の13.266点を出し、合計でも2位に上げた。納得できないなかでも最後まで粘りきった結果だった。

「今回の試合前は少し調子が落ちて思うような演技できない部分があったが、試合に来たら調子が上がってきた。調子のアップダウンがあったことが、本来できる演技ができなかった原因だと思います」

 岸は、昨年経験した世界選手権で、日本だけではなく、世界にもライバルがいることを知った。そのなかで自分に求められるのは「自分との戦い」と考えたという。

 NHK杯に向けては、「今回出たミスと着地の修正が課題。あとは気持ち。決勝は自信と余裕を持って演技ができたと思うので、NHK杯でもそれをやって優勝へ向けて挽回したい」と強い気持ちを見せる。

 そんな岸の決勝について、田中本部長は高く評価する。

「自分の力を最後は振り絞って出しきれた感じです。決勝は、自分の力をパーフェクトに出せたというより、本当粘り強く、4種目揃えた形。本来なら宮田選手ともっと競り合えるような力を持っているので、そこに期待したいと思います」

【伸びしろ十分な15歳の中村】


予選では宮田に迫った中村遥香 photo by Kishimoto Tsutomu

 日本女子にとって、パリ五輪での団体戦で表彰台に近づくためには、個人総合で54点台を出せる選手が宮田と岸以外にもうひとり必要となってくる。

 その点では、高校1年の中村遥香(なんば体操クラブ/相愛学園)が予選でトップの宮田に1.000差の53.966点を出し、総合でも3位と代表圏内に食い込んできたことは大きな収穫だった。

 昨年は3月末からの世界ジュニアの個人総合と団体で優勝し、4月の全日本は8位。さらに6月のアジアジュニアは個人総合と団体、種目別段違い平行棒とゆかで優勝と、実績を残した。なかでも、世界ジュニアの段違い平行棒で実施した「前振り半ひねり前方屈伸宙返り高棒懸垂」はD難度で「ナカムラ」と命名された。

 なんば体操クラブの山崎隆之コーチによれば、「今年の冬場は(演技の完遂度を示す)Eスコア(実施点)を上げることを目標にトレーニングしてきた」というが、今回の予選は、昨年の全日本予選よりDスコアが0.9点高くなった構成。段違い平行棒と平均台では全体2位の13.800点と13.933点を出し、ゆかも全体3位の13.233点で合計54点に迫った。

 Dスコアが高い段違い平行棒と平均台で、Eスコアもしっかり取れるのが自分の強みという中村。「もともと、膝やつま先が綺麗だったりする部分もあるし、技の正確さもあるんじゃないかなと思っています」と話す。そして「今日は段違い平行棒と跳馬で、練習でやっているものより難度を落としてノーミスで終えることを意識してやったので、ちゃんとできてよかったと思う」とも話した。

 13日の決勝は「落とした難度を上げて攻めていきたい」と話していたが、それは回避。最後のゆかはリズム感のある演技をしたが、着地で片足が場外ラインを踏むミスで0.1点の減点あり12.466点と落としたが、それでも合計は53.165点で、予選と合わせた合計は107.131点と3位に踏みとどまった。

 だが、先を見れば、課題にしている跳馬は現在1回ひねりだが、今回は挑戦を控えたユルチェンコ1回半ひねりが導入できれば0.4点上げられる。また段違い平行棒でもG難度「後方伸身宙返り1回半ひねり高棒懸垂」(通称、デフ)を持っていて、それが入ればDスコアは0.4点アップの6.1点と伸びしろは大きい。

 田中本部長も、その点に期待を寄せる。

「段違い平行棒の『デフ』は団体ではなかなか使わないかもしれないけど、もし種目別に残った時には攻められるというアピールができる部分もある。試技会では54点を取れる実力を見せてきているので、彼女は非常に頼もしい存在だと思います」

 中村は自身の演技について、こう振り返った。

「平均台に関してはよかったと思うけど、跳馬と段違い平行棒は練習していた技をひとつ上げた演技はできなかったので、攻めた構成でも自信を持ってできるようにしたい。あと、ラストのゆかは緊張して着地とかも乱れてしまったので、緊張したなかでもちゃんとまとめられるようにしていきたいです」

 初めて見たオリンピックは、中村が8歳の時のリオデジャネイロ大会。憧れたのは女王のシモーネ・バイルス(アメリカ)ではなく個人総合4位のシャン・チュンスン(中国)だった。その理由を「アメリカ人選手はすごいと思ったけど、体型はちょっと自分には合っていないと思い、中国の選手だったら目指せるのではないかと思ったのがきっかけです。技のすごさや美しい体操を見てすごいなって思いました」という。そんな持って生まれたクレバーさも彼女の魅力のひとつだろう。

 東京五輪後に主要メンバーがガラッと変わった体操・日本女子。団体戦では1964年東京五輪以来、オリンピックでの表彰台から遠ざかっているが、新勢力の急成長がパリ五輪への期待を膨らませている。

 体操のパリ五輪代表は、5月16日から20日まで開催されるNHK杯の結果を受けて選考される。

著者:折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi